連載企画
LET’S DISCOVER THE SECRET OF A GOOD SMILE!
ー笑顔のヒミツを解き明かそう!ー
フィギュア造形は、粘土を手でこねて削って微細な表現をしていく……というのは昔の話。そうした手での造形に加えて現在では、モニター上でフィギュアを造形していく3D造形が主流となっている。3Dプリンターの普及によってさまざまな業界で技術革新がなされるなか、フィギュアもまた3D造形によってより派手な装飾や繊細な表現が実現されていった。そんな現代において、グッドスマイルカンパニー(以下グッスマ)はどのようにして3D造形と向き合い、現在まで歩んできたのだろうか。今回は現代フィギュアシーンの要である3D造形について、グッスマ制作部から中村文年(制作部 リーダー)、井口慎也(制作部 原型チーム)、カタハライタシ(制作部 原型チーム)、ケロリソ(制作部 リーダー)に話を聞き、フィギュア造形の現在、そしてすでに動き出している新しい未来について話を聞いた。
※スタッフの名前は公式HPに掲載している原型師名を使用しています。
誰もが夢見た未来が今となる、
3Dによるフィギュア造形の現在地。
『ネコぱら』より「ショコラ 華ロリVer.」
3D造形というのは、その名の通りパソコン上で作られた3Dモデルによってフィギュアを造形することである。それは紙に描かれた二次元のイラストを参考に三次元データ化し、またそれをパソコンのモニター上から取り出し、フィギュアとして手に取ることを実現させた。それを可能としたのが3Dプリンターの存在である。
「(2000年代後半は)ゲームやアニメでは3Dでの制作は以前からあったんですが、フィギュアとなるとそれをアウトプットする機械がまずなかったんですね。あってもすごく高額な機械で、光造形機が当時1億円ぐらいしていた時代でなかなか手が出せない。せっかくデータで原型をモデリングしたところでパソコンの中から出せない、フィギュアにならないというところがネックでした。当時データで原型を作る人はあまりいなかったんですけど、メイカーズ革命で安価な3Dプリンターが登場して、そこで『3Dデータがプリントアウトできるんだ』ってわかって、一気にみんなデータで原型を作ろうじゃないかという流れになっていった気がしますね」(中村)
3Dプリンターとは、3Dのモデルを横に薄くスライスして、2次元の層となったものを積み重ねていくプリント技術で、現在はこれにより航空、建築、医療などで幅広く活躍が見られていった。およそ10年前、3Dプリンターなどの高額技術が安価で手に入るようになり、アマチュアを含むさまざまな分野が3D造形の恩恵を受けることとなった、”第3の産業革命”ともいわれる「メイカーズ革命(メイカーズ・ムーブメント)」を経た技術革新は、フィギュア業界にも導入されていった。
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3Dプリンター「Form 3」
「それまではごく一部の刀や銃だったり硬いものをデータで作って、3Dプリンターで出力するのではなく、エンドミルで切削していくというアウトプットの仕方でした。そこから1億円ぐらいした3Dプリンターの価格が1,000万円ぐらいになって、さらに今は60万円ぐらいという時代になったんです。弊社で使っている『Form 3』は大体60万円ぐらいなんですけど、それでかなり精度の高い出力ができるんですね」(中村)
そうしたグッスマにおける技術革新は当然、フィギュアを造形するスタッフにも影響を及ぼした。それまで自身の手でのみ造形していたものから3D造形にシフトしていくことでその恩恵を受ける一方で、戸惑いも少なからずあったという。
「僕は9年前ぐらいに入社しましたが、それまでは完全に手原型で、ひたすら手でパテを削っていました。そこから3D造形にシフトしていったのですが、何回か挫折していますね(笑)。『ZBrush』(デジタル彫刻ソフト)が流行ったときに個人的にやってみようかなと思ったんですが、使う道具がまったく変わってきちゃうので、最初は作るときの感覚も違うなって感じました」(カタハライタシ)
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カタハライタシ 使用ソフト:ZBrush
「僕はカタハライタシとはほぼ同期なんですけど、3Dをやる前提で入社しました。それまではCAD(コンピューターを使って製図や設計をするシステム)をメインにやっていて、グッスマに入ってからは切削で作る銃や刀をCADで作って、スケールフィギュアやねんどろいどの小物を中心に作っていました。入社した当時はフィギュアを作ったことがなかったので、会社に入ってからフィギュアを作る用のソフトを勉強していきました」(井口)
「入社は2020年の3月ですが、それまでは同業他社で手原型と3Dの両方を使って長いことやっていました。僕も、もともとは手原型だったんですけど、3Dの技術が出てきたときにこれは便利だなと思って徐々に移行していった感じです」(ケロリソ)
「井口は入社当時、制作部の3Dチームに配属されました。でも今はもう3Dチームという名前は存在しないんです。カタハライタシは手原型師として入社したんですが、今は3Dソフトも覚えて扱えます。3Dソフトやプリンターが道具のひとつになってみんなが使える時代になったんです。3Dチームなんて名前はいらないですよね」(中村)
3D原型と手原型(アナログ原型)が共存する現在。
高い技術力を誇る3D造形の”弱点”とは?
こうして3D造形が当たり前になった現代、3Dによってより精巧なフィギュア造形が実現できるようになった。例えば左右対称の造形の場合、右側と左側で差異のまったくない造形が簡単にできたり、あるいは戦国武将の鎧を造形する際に、短冊状の板を重ね合わせる鎧ならではの造形は3Dでの作業は効果的である。その一方でグッスマでは、新入社員には手原型(アナログ原型)をしっかり学ばせるという。
「フィギュアにはデータに向いている形、手原型に向いている形というのがあります。どっちを選ぶかは造形する本人が決めることが多くて、大体イラストを見たときに『これは手だな、データだな』というのは原型師が決めています。今は手原型からソフトを勉強する社員が増えてきていますけど、3Dソフトって操作の仕方さえ覚えれば、手でやってきた人のほうが上達が早いですね。手原型でやってきた人は空間把握能力があるというか、ソフトに初めて触れても操作に慣れちゃえば上達がすごくはやいんです。それもあって3Dデータをちょっと扱える子が入ってきても、最初は手原型からやらせるんですね」(中村)
たしかに今回の取材でスタッフが実際に3Dソフトを動かしているところを見たのだが、ペンやマウスを使って3Dモデルを造形していくさまはある種直感的でもあり、手でフィギュアを作るのに近い感覚のように感じられた。ソフトを駆使してフィギュアを作る3D造形と昔ながらの手原型(アナログ原型)には技術による革新はあるにせよ、根底にあるものは共通しているのかもしれない。
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中村文年 使用ソフト:FreeForm、Rhinoceros
「3D造形で一体作ってみて、僕は手より3Dのほうがいいなって思っちゃいましたね。3D造形の最大の障壁はソフトを勉強することなので、あとは形を出すプロセスがわかってしまえば、手で作っているのとあまり変わりはないかなと感じましたね」(カタハライタシ)
「便利なところは大きいですし、逆にデジタルだとやりづらいというところは割り切って手でやってみたりとか、適材適所なやり方がいちばんいいかなって思いますね」(ケロリソ)
手原型(アナログ原型)の感覚で高度な3Dモデルを造形するという、聞くと実に理想的な手段のように聞こえる3D造形。しかしそこにも3Dならではの”弱点”というものがあるという。それは、どこまでも作り込むことができるゆえの弊害だった。
「モニター上でどこまででも拡大して寄せられるので、とにかく細かく作り込むことができます。そこが3Dプリンターで出力して再現できるかどうか、量産できるかどうかが問題ですね」(中村)
「画面上だと拡大してどこまででも細かくできちゃうんですけど、出力や量産の後工程でどれだけ再現できるかが商品として必要なんですね。結果として画面上で見るとちょっと荒いな、野暮ったいなというぐらいが、実は最終的にはちょうどいいというか、それ以上は逆に細かくできないんですね」(ケロリソ)
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井口慎也 使用ソフト:Maya
「やっぱり画面とリアルのギャップが出ちゃうのはありますよね。画面で見て『いいものができたな』って出力してみると、『あれ、なんか全然よくないな』っていうのはよくあります。でもみんなそれが普通だと思ってやっていて、仮出力をたくさんして詰めていくというのが今は当たり前になっていきますね」(井口)
3D造形によって生まれた数々の商品たちと、
スタッフたちの手によって注ぎ込まれたこだわりたち。
ここからは各スタッフが担当した、3D造形で生み出された商品の数々を見ていこう。まず井口が担当した、2017年発売の「ねんどろいど キャスター」である。
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ねんどろいど キャスター
「『ねんどろいど』ってすでにテンプレートがあって、そこにキャラクターのデザインをはめていくという作業になるんですけど、そこに『こうしたほうがもっと良くなるぞ』というのをいろいろ考えて作りました。『ねんどろいど』って足に”ねんどろいどジョイント”というのが入っているですけど、キャスターの場合はデザイン上、足の根本まで見えるデザインになっているのでジョイントの接合部がガッツリ見えてしまうんですよね。なので、今回はそこから踏み込んで、お尻の造形が脚側に入るぐらいまでのものを、ねんどろいどで初めて採用しました。パンツからお尻の肉がちょっとはみ出しているような、ねんどろいどでもこういうフェチな表現に踏み込んだことで反響もたくさんいただくことができました」(井口)
続いては中村が造形した、2012年に発売されて今なお再販を繰り返すヒット商品「ねんどろいど ソニック・ザ・ヘッジホッグ」。
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ねんどろいど ソニック・ザ・ヘッジホッグ
「セガさんのこだわりがあるキャラクターだったので版元さんからの修正も多かったです。制作時、参考にセガさんから実際のデータもいただけたんですよね。でもソニックって初代のソニック、2代目のソニック、3代目……とそれぞれデザインが異なるので、顔は何代目、体は何代目とかとても多くのこだわりが入っています。いただいたデータがかなりしっかりしていたので『これは早く終わるな』と思ったんですけど、こだわっていたら結構時間がかかりました(笑)」(中村)
そしてカタハライタシとケロリソが担当した、『ネコぱら』ショコラのスケールフィギュア、通称「華ロリショコラ」は、昨年Twitter上で「#華ロリショコラできるかな」というハッシュタグをつけてその制作過程を公開し、すでに話題を呼んでいる新商品だ。
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原作のさより先生からの原型監修 修正コメント
「個人的にこだわったのは、髪の毛のラインですね。手原型だとラインがぬるくなりがちなのですが、3Dだとくっきり出てくれるので、やっていて気持ち良かったですね。表情も原作のさより先生がこだわっているところなので、顔まわりは繊細にいきました。実は顔が3Dの恩恵をいちばん受けるんですよ。版元さんから口の微妙な修正が入ることも多く、例えば今回は横を向いたときの見せ方の修正が入ると、これを手でやるとなると大変な作業になるんですね。三次元的な修正ができて戻れるのが3D造形の強みですね」(カタハライタシ)
「立ち姿が美しくなるようにこだわりました。絵で見るとそこまでダイナミックな動きはついてないんですけど、造形していくとそのなかでどちらかに重心が寄って体幹の流れがS字になっているのが見えてくるんですね。そのイラストのような感じをよりはっきりわかるように変化をつけてやることで味気ない棒立ちにならないように、体幹と軸足の全体的な流れを見せるというところはこだわりました」(ケロリソ)
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制作途中:全体のバランス調整中
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ディレクターからの原型修正 指示書
3D造形からまた一歩進んだ未来へ。
3Dプリンターに代わるVRの存在。
3D造形によってフィギュアの作り方というものに大きなイノベーションがもたらされた。しかし現在はそこからさらに一歩先を行った技術が導入されつつある。3Dプリンターを使った造形のネックのひとつとしてあるのが出力の時間であり、それは紙で出力するような短時間なものではなく、造形が細かなものや大きなものになると半日、あるいは一日がかりで出力される。取材用として仮に出力されたフィギュアの台座でも、出力にはゆうに数時間はかかっていた。そうしたネックを逆手に取って、これまで寝る間を惜しんで造形し続けていたものが、ある程度モニター上で造形したものを出力して、翌朝出勤して確認するという、効率の良い勤務体系をとることができるというもうひとつの恩恵があるのだが、一方でそうした出力を省いた新しい方法が採用されている。それが、現在ゲームなどでも使用されるVRというシステムだ。
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3Dプリンター Ultimaker
「VRを使うことで、実際に出力をしなくても奥行きを目で感じられるというのが今までとのいちばんの違いですね。人間は原理的には左右の目でものを見ているんですが、VRでは左右でちょっとずつ違う映像を出すことによって立体感があるように見せています。それをフィギュアで採用することで、モニター上ではわからなかった、より現実に見る状態に近いデータを表示させてくれます。それによってデータを出力することなくより実在っぽく見られるんですよね」(ケロリソ)
このVRについても実際に取材で見ることができた。バイザーをつけた画面上に置かれたデータは、あたかもそこに存在するような3Dとしての奥行きを持ったもので、これによってモニター上で見るより明確に、3Dプリンターで出力するより早く原型の完成にまで進むことができるのだという。
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VRヘッドセット「Oculus Quest」を装着して原型データを確認
「仮出力をすることになったら出力機を動かして一晩寝かせて、という感じになるんですけど、VRでデータをチェックするときはVR向けのデータにすぐ変換してヘッドセットで見て『こうなっているな』って確認することができるので、よりフィードバックのサイクルを早くできるという感じになります」(ケロリソ)
3D造形が普及しておよそ10年経つなか、その技術が洗練されていく一方であらたな技術が生まれつつある。そのなかでグッスマはフィギュア造形の現在をどう捉えているのだろう。
「技術が上がったぶん、今までと同じ時間でより作り込めるようになりました。完成までの時間は変わらないけど、その時間のなかで実現できる完成度や造形のクオリティーというのは上がっている感じですね。手原型だと大変だったものがデータではできる一方で、そういう大変な仕様のものが増えてきて作る側も大変だという(笑)。一方で軽い仕様でシンプルなものをより多く世に送り出せるようになった、ということもあります。今はライト向けのものとハイエンド向けのものの幅が広がって、いろんなユーザーに届けやすくなったと思います」(ケロリソ)
そうした現在地から、あらたな技術も投入されるなかで彼らが見据える未来とは、どんな景色だろうか。そこにはあくまで「人がフィギュアを作る」という高い技術力と情熱がほとばしっていた。
「3Dでできるようになったことのひとつに、可動精度のかなり高いものを仕込めるようになりました。僕が担当するねんどろいどはある程度完成されているところはあるんですけど、それでもまだやれることはあると思います。これからもユーザーが手に取って動かす、遊びやすいものをもっと追求していきたいところはありますね」(井口)
「商品としてフィギュアを作るゴールは、原型を作るだけではなく最終的にユーザーのみなさんのもとに届けられるところまでだと思います。その過程でいろんな人の考えや希望、みんなのこだわりというものが必ずあるんですね。それがデジタル化によって『こういうものを作っています』という共有がしやすくなったというのはあります。今までだったら『これはもう作っちゃったので変えられないです』となっていたのをなるべく減らすことで、みんなのこだわりをより凝縮させていけるようなフィギュアを作っていけるようにしたいなと考えています」(ケロリソ)
「自分の場合は3D経験が浅く、3Dソフトに振り回されている表現になりがちなので、手原型で作ったものと遜色ないようにしていくのが理想ですね。3D原型特有の硬い表現を消していければなと。理想は『精度が高い指先』みたいな感じになることです」(カタハライタシ)
「精度の高い指先とカタハライタシが言っていましたけど、データで作るとどうしても『味がない』って言われていたんですよ。手原型はその人のクセがあるから味があるけど、3Dは誰が作っても一緒になるんじゃないかなという言われ方をしていたんですが、データもペンやマウスを使って手で作っている、やっぱり手作業なんですよね。なので絶対にクセが出るんですよ。そういうソフトに振り回されずに自分のクセを出す原型を今後も作れると思うので、それを見守っていきたいなと思います」(中村)
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